従来、日本における出産後の女性の精神的な問題の多くは、産後うつ病でした。しかし近年、うつ病とは違ったタイプの育児ストレスで苦しむ女性が増えています。育児ストレスに限らず、新型うつ・非定型うつ病と呼ばれる、うつ状態にあるものの、抗うつ薬が効かないなど、うつ病とは異なる病態の抑うつに苦しむ方も増えています。
- 悩み・目的
- 治療法・栄養
現代型の育児ストレスと鉄欠乏
従来、日本における出産後の女性の精神的な問題の多くは「産後うつ」でした。しかし、近年では、うつ病と違ったタイプの育児ストレスに苦しんでいる女性が増えています。
そうした流れの中で、2019年4月16日、毎日新聞の記事に「貧血があると産後うつは6倍に増加する」という国立生育医療センターの調査結果が発表されました。また、妊娠中に貧血だった女性は、産後の抑うつの発症リスクが1.63倍、産後に貧血が重症化すると産後うつの発症リスクは1.92倍と、貧血が進むほど産後うつのリスクが高まると報告されています。
虐待件数の増加と、鉄摂取量の低下ならびに鉄欠乏性貧血の増加は、明らかに相関しています。有経の女性の鉄必要量は1日18mgと算出されますが、実際には8mg程度しか摂取されていないという統計もあり、1日の必要量が満たされていないのが現状です。今回は、育児ストレスや子どもへの虐待の改善を、鉄の補充というオーソモレキュラー療法の観点から考えてみたいと思います。
現代型育児ストレスはうつ病とは異なる
感染症以外で、このような急激な特定の疾患の増加は疫学的には考えにくいことであり、筆者はこれらの問題と、生活環境の変化や栄養素の摂取量の低下との関連に注目しています。抗うつ薬の効かないうつ状態や、発達障害に関しては別の機会に謙ることにして、今回は育児ストレスを中心にお話しします。
残念なことに、産後の女性のトラブル=産後うつ病と短絡的に考え、抗うつ薬を処方する精神科医もいます。しかし、最近の育児ストレスを抱える女性の多くには、抗うつ薬は無効です。なぜ、抗うつ薬が効かないのか。現代型の育児ストレスの主な原因は、鉄欠乏にあると考えられます。
鉄欠乏の急激な増加
以下は子どもへの虐待件数の増加を示したグラフです。急増しており、対策を急ぐべき問題です。
(引用元:http://www.orangeribbon.jp/about/child/data.php【虐待相談対応件数】)
2019年4月16日、毎日新聞の記事に、国立生育医療センターのある調査結果が発表されました。“貧血があると産後うつは6倍に増加する”という内容です。また、妊娠中に貧血だった女性は、産後の抑うつの発症リスクが1.63倍、産後に貧血が重症化すると産後うつの発症リスクは1.92倍と、貧血が進むほど産後うつの発症リスクが高まることが報告されています。
貧血に伴う精神症状と産後うつ病は別の病態であると筆者は考えていますが、病態に関する議論はひとまず置くとして、現代型の育児ストレスや子どもへの虐待・ネグレクトと母親の鉄欠乏との関連性が徐々に明らかになってきており、報告も増えています。
母親の鉄不足と児童虐待の関連性を示した報告があります。(1
また、貧血を示す女性は認知機能が悪く、育児においても情緒応答性が低下しているという報告もあります。(2
日本人は米国人に比較して肉を食べる量が少ないと考えられるので、鉄摂取量の低下による影響はより深刻であると考えられます。国立研究開発法人・国立健康・栄養研究所のデータによると、明らかに日本人のタンパク質をはじめとする、栄養素の摂取量が減少しており、鉄の摂取量も減っています。また、Hayashi.Fらの研究によって、日本人女性の鉄摂取量がこの15年間で減少し、貧血の頻度が増加していることが明らかになりました。(3
有経の女性の鉄必要量は1日18mgと算出されますが、実際には8mg程度しか摂取されていないという統計もあり、1日の必要量が満たされていないのが現状です。(日本鉄バイオサイエンス学会 鉄剤の適正使用による貧血治療指針)
虐待件数の増加と、鉄摂取量の低下・鉄欠乏性貧血の増加は明らかに相関しています。筆者は、子どもを虐待する母親のスクリーニングを目的として、育児に対するポジティブな反応を表す9項目と、ネガティブな反応を表す15項目の質問表を作成しました。そして、スクリーニングテストを行った結果、自分の子どもに対してネガティブな感情の強い母親は、生活習慣や偏食の問題があり、特に鉄を含んだ食品の摂取量が少ない傾向にあることが確認されました。(塙・2017年日本発達心理学会)
現代型育児ストレスの治療
筆者の勤務する医療機関では、育児ストレスを抱える女性や、子どもを虐待する育児困難の女性の治療を積極的に行っていますが、育児困難は大きく分けて二つのタイプに分けられると考えています。(筆者・塙の分類です)
鉄欠乏型
主に鉄摂取量の低下から、ヘモグロビンやフェリチンの低値を認め、鉄欠乏によるドーパミン等の神経伝達物や甲状腺ホルモンの低下等から情緒不安定、疲れやすさ、無気力等を呈しているタイプです。多くの場合、鉄だけでなくタンパク質や脂質・ビタミン・ミネラル等の他の栄養素の不足も同時に認められるため、栄養指導は必須です。産後の女性は特に鉄欠乏に陥りやすく、血液検査を行うことで容易に診断できることに加え、鉄の補充だけで比較的簡単に治療できますので、専門科に関わらず、どの診療科でも対応できるタイプです。
世代間伝達型
母親自身が幼少期に虐待されて生育し「自分は、絶対に子どもを大切に育てよう」と思いつつも、実際に母親になってみると自分がされたことと同じことを子どもにしてしまうという、虐待の連鎖が繰り返されるタイプです。
世代間伝達型の多くはパーソナリティ障害を伴います。そのため、治療には力動的カウンセリング(専門家の数は少ない)が必要になります。カウンセリングを通して、母親自身の、自分の母親との心の中の関係性を見直し、感情の修正や内的表象の修正を行うことで、パーソナリティの病理の改善を目指します。
また、世代間伝達型の多くも鉄欠乏を伴いますので、治療は鉄の補充とカウンセリングの両方が必要となり、心理カウンセリング専門機関との連携が必要になります。パーソナリティ障害の診断には「ミロン臨床多軸目録境界性スケール17項目短縮版」等が簡便で使いやすいでしょう。
母親の感情の変化を目の当たりにして
筆者の医療機関では、子どもを虐待する母親の治療に、鉄の補充とカウンセリングを併行しています。すると、子どもが可愛くない、「邪魔な存在」と子どもを疎ましく思い些細なことで激怒し子どもを叩いたり、育児を半ば放棄していた母親たちが、やがて虐待をやめ、子どもを「可愛い」と思えるまでに回復しているケースを何例も見てきました。他方、費用の問題でパーソナリティの病理のカウンセリングを受けられず、鉄の補充のみ行った場合でも、激しい虐待が軽減したケースを何例も経験しています。
育児ストレス改善へのオーソモレキュラー療法の可能性
子どもを虐待する母親がクリニックを受診されたら「何てひどい母親だ」と、つい苦手意識を持ってしまう先生もいるかもしれません。しかし、これまでお伝えしたように、鉄の補充だけで改善する育児ストレスは非常に多いと思われます。オーソモレキュラー療法を実践する先生方には、ぜひ果敢に治療に挑戦して頂きたいです。それによって、きっと救われる人生があります。筆者が作成した「育児ストレスの治療プロトコール」をご希望の先生がいらっしゃいましたら、遠慮なく塙までご相談下さい。
<参考文献>
(1)1United Nations Administrative Committee on Coordination:4th Report on The World Nutrition Situation. World Health Organization, Geneva, 2000.
(2) Murray-Kolb LE, Beard JL: Iron treatment normalizes cognitive functioning in young women. Am J Clin Nutr 2007;85:778-787.
(3)Trends in the prevalence of anaemia in Japanese adult women 1989-2003 Pub Health Nut 2007
(4)http://www.orangeribbon.jp/about/child/data.php
(5)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0529-4aq.pdf
(6)http://www.nibiohn.go.jp/eiken/kenkounippon21/eiyouchousa/keinen_henka_time.html
同じタグの記事を読む