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折れない心身を育む~レジリエンス医学入門~

CASE3 心身論の変遷と現代西洋医学の問題(その①)

この記事の執筆者

スピックメディカルパートナー 鎌倉元氣クリニック

1993年日本医科大学医学部卒業。同大学付属病院麻酔科学教室、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)ペインクリニック科、医療法人誠之会氏家病院精神科・麻酔科などを経て2017年10月よりスピッククリニ ... [続きを見る]

自己紹介

患者様に寄り添う医療をモットーにしています。

今回は「心身」というキーワードについて深めてみたいと思います。人類の長い歴史の中で、先人たちはこれまで心と体の関係をどのように捉えてきたのでしょうか。

一般に心身論を考える場合、心と体が同一で不可分のものと考える心身一元論と、両者はまったく別のものと考える心身二元論とに大別されます。多神教的・アニミズム(*)的な意識が旺盛だった時代には、心と体は不可分のもの、すなわち心身一元論が当然の考え方だったようです。一方で心身二元論については、古代ギリシャ時代のプラトンやその弟子であるアリストテレスの哲学の中に、二元論的な記述が既に認められます。歴史的にみると、もともと西洋の思想や宗教の伝統には二元論的な考え方が強いようで、例えばキリスト教的な「霊(神に通ずる原理)」「肉(罪の原理)」の思想も、形を変えた心身二元論と捉えることができるでしょう。ですが、心身二元論を決定的にしたのは、なんといっても17世紀に登場したフランスの哲学者、ルネ・デカルトです。

「我思う、故に我在り(cogito, ergo sum)」という言葉で有名なデカルトは、もともとの発想として、人間の本質は意識の主体、すなわち心にあると考えていたようです。デカルト哲学では、心(意識・精神)と物質(肉体)を徹底的に分離します。

心自体の問題や、心が関係している問題を科学の対象から切り離し、精神を除くすべての現象を科学の対象としたわけです。さらには、われわれを取り巻くあらゆる世界・宇宙は、人間の意識や感情とは関わりなく存在し、人間の影響をまったく受けることなく機械的に規則正しく運行していると考えました。

18世紀に登場した科学者、アイザック・ニュートンも、こうしたデカルトの物心二元論的な世界観を引き継ぐかたちで、自然を観察の対象としました。さらにニュートン力学の後継者たちも、こうした物心二元論的な考え方を推し進め、科学の中に前時代的な迷信などが入り込むことがないよう、心の要素を徹底的に排斥しました。こうして近代科学は、20世紀には科学万能時代ともいえる全盛期を迎えることになります。

このように、デカルトの登場以降、心身二元論的な思想を背景として、科学は飛躍的な発展を遂げましたが、近代科学を土台としている現代西洋医学も同様の道をたどりました。医学においては、特に19世紀のパスツールやウィルヒョーの活躍以降急速に発展した病理学・細菌学により、病気とはあくまでも身体やその機能の異常であり、心の状態とは関係がないとする考え方、すなわち心身二元論の考え方が、より決定的なものになっていきました。科学同様、20世紀には薬物療法や手術療法などの台頭により現代西洋医学は飛躍的に発展しました。医学の進展はデカルト的二元論なくしてはあり得なかったでしょうし、現代に至ってもなお、西洋医学の根幹になっているのは心身二元論的な考え方です。

しかし、同じく20世紀には、こうした二元論の考え方に異を唱える潮流が医学の分野から生じました。第1に深層心理学の領域から、第2にストレス学の領域から、第3に大脳生理学の領域から、それぞれ心身二元論的な考え方に対する疑問が投げかけられることになったのです。誌面の都合上、今回は第1、第2の流れについてみていきたいと思います。

裏付けられた心身相関

まず、深層心理学の領域から二元論に異を唱えたのが、オーストリアの精神科医、ジークムント・フロイトです。フロイトは精神分析の生みの親として著明ですが、臨床医としての初期には、いわゆるヒステリーの研究に従事していました。ヒステリーという用語は現代の精神医学では用いられなくなり、同様の症状を示す病態は解離性障害に分類されるようになっていますが、いずれにしてもヒステリーとは神経症の一型で、外的刺激に対する不快情動の反応として、精神的あるいは身体的反応が起こるものです。具体的な症状としては、目眩や目が見えにくくなるといった軽いものから、混迷(体を動かしたり言葉を交わしたりすることが出来なくなる)、昏睡などといった重篤な症状まで多岐にわたりますが、器質的すなわち身体的には何ら問題がないにも関わらず、さまざまな身体症状を呈するものであり、心(の状態)が体に影響を及ぼすことから、心身相関を裏付ける根拠の一つとなっています。

次に紹介するのは、カナダの生理学者、ハンス・セリエによるストレス学説です。これまでの連載でも述べましたように、ストレスとレジリエンスは密接に関わりますので、誌面を割いて詳しく述べます。セリエは、ストレスを「外部環境からの刺激によって起こる生体に生じた歪みに対する非特異的反応」と考え、「ストレスを引き起こす外部環境からの刺激」をストレッサーと定義しました。第1回で述べましたように、ストレッサーは、物理的ストレッサー、化学的ストレッサー、生物的ストレッサー、心理的ストレッサーなどに大別されますが、ここで注目したいのが、心理的ストレッサーに対する生体の反応です。

実は、もともとセリエ博士は卵胞ホルモン(エストロゲン)や黄体ホルモン(プロゲステロン)以外の第3の卵巣ホルモンを見つけようとしていました。卵巣のエキスをネズミに注射することによって起こる一連の反応を詳細に分析していましたが、あるとき、卵巣とは別の臓器のエキスや、はたまた組織障害性の強いホルマリンを希釈して注射しても同様の反応が起こってしまうことを確認して、当初は大いに混乱したといいます。その後、さまざまな負荷に対して生体が一定の反応をすること自体に意味があること、さらにこうした反応は心理的な負荷によっても生じることを見出し、ストレス学説の基盤を作り上げることになるのです。ここからはこの一連の反応について具体的にみていきましょう。

ストレスが生活習慣病に密接に関わっている

まず、外部から心理的ストレッサーが加わると、大脳皮質、大脳辺縁系を介し、視床下部からはCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、corticotropin-releasinghormone)というホルモンが分泌されます(図)。その刺激を受け、下垂体前葉からはACTH(副腎皮質刺激ホルモン、adrenocorticotropichormone)というホルモンが分泌されます。ここまでは脳内での話ですが、ホルモンは血流に乗って遠く離れた臓器にも作用することができます。具体的には、このACTHは遠く離れた副腎(腎臓の上に位置するクルミ大の器官)を刺激して、副腎皮質からコルチゾールというホルモンが分泌されるという一連の反応が起こります。また、これとは別の経路で、交感神経の神経終末からはノルアドレナリンが、さらに副腎髄質からはアドレナリンが分泌されます。

ストレッサーに曝された際に起きるこうした一連の反応は、短期的に見れば生体にとって理にかなった適応反応とみることができますが、このような状態が長期間続いてしまうと、さまざまな影響が心身に及ぶことになります。具体的には、ストレスによって増加するコルチゾールやアドレナリンは、糖尿病や高血圧症などの生活習慣病に密接に関わっていることがわかってきました。

これらのメカニズムについては次回詳しく述べたいと思いますが、このようにして心理的ストレッサーによって生じる生体の反応も、心と体が密接に関わっている一つの有力な証左となり、心身二元論に疑問を投げかける心身医学に対して重要な理論的基盤を与えることになったのです。

*生物・無機物を問わず、すべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方

※本記事は「統合医療でがんに克つ」(株式会社クリピュア刊)にて掲載された松村浩道先生執筆の「折れない心身を育む」より許可を得た上で転載しております。

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