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ライナス・ポーリングと分子整合栄養医学

今回は医学に関係の深い化学者であるライナス・ポーリングの生涯と、彼が晩年に精力的に研究した「分子整合栄養医学」を中心にお話しします。

20世紀の偉大な科学者にはもう一人、ユダヤ系ドイツ人の「アルバート・アインシュタイン(1879~1955)」がいます。1921年、アインシュタインは相対性理論でノーベル物理学賞を受賞し、1930年代にナチスの台頭でアメリカに移住しました。彼はアメリカ政府の原子爆弾の開発と製作に協力しましたが、1945年の広島ならびに長崎の悲惨な結末に協力したことを非常に後悔していました。アインシュタインはのちにポーリングと出会い、原爆反対の意志に強い影響を与えたと言われています。

ポーリングは原爆反対運動の結果、1962年にノーベル平和賞を受賞しました。(一度目のノーベル賞受賞は1954年の化学賞です)

ポーリングの生い立ち

1901年2月28日、ポーリングは米国西海岸オレゴン州ポートランド市に薬剤師の息子として生まれました。1922年にオレゴン農業大学(現オレゴン大学)の化学工学科を卒業します。その後はカリフォルニア工科大学院に進み、化学を主専攻、物理と数学を副専攻としており、これらを専攻したことがのちの才能の開花に深く関わっていくことになります。

大学卒業後には奨学金をもらってヨーロッパに1年半留学し、主にミュンヘンで理論物理学を学びます。また、ニールス・ボーア研究所(コペンハーゲン大学)やチューリッヒにも数ヶ月滞在しました。

化学者としてのライナス・ポーリング

<画像1>ライナス・ポーリング

米国へ帰国後の1927年、ポーリングはカリフォルニア工科大学理論化学の教授に就任しました。その後、彼はX線回析に興味を抱きます。そして、その技術に熟達した先駆的な化学者に成長し、結晶や分子三次元構造において結合している原子間の距離や角度の測定を可能にしました。

彼はトパーズ、雲母、硫酸化物などの無機結晶体のX線回析に没頭し、この新しい方法によって「分子生物学」を誕生させ、生命科学の解明に革命をもたらしたと言っても過言ではありません。

彼はさらに電子回析に興味を持ち、1930年にはX線回析と合体させて「高分子有機体」の構造分析を試みます。このように、X線回析と電子回析を駆使して様々な物体の分子構造が解明されたのです。ポーリングは量子力学を学んだ経験から理論展開も見事であり、彼によって現代化学を再構築することが可能でした。

1920年頃から、赤血球のヘモグロビンの赤色に魅せられたことをきっかけに医学にも興味を抱き始め「分子構造を解明したい」という思いから研究を開始しました。そしてX線や電子回析の技術を用いてヘモグロビンの中の鉄に酸素が結合していることを発見し、低酸素状態で黒人の赤血球が鎌状に変形する「鎌状赤血球症 ※1」の原因として、ヘモグロビン分子内のタン白質のアミノ酸の配列に1カ所の異常があることを1950年代に発見しています。これが、分子レベルの異常で病気が起こることを示した最初の症例です。

彼はタンパク質の構造にも興味を持ちました。1935年、タンパク質のポリペプチド鎖は、渦巻き状で織り込まれ特定の配列になっていることを解明し、のちにDNAが二重らせん構造であることも推論しています。

前述したように1954年、ノーベル化学賞がポーリングに授与されました。その後ワトソンとクリックが二重らせん構造を解明しノーベル賞を受賞した話は有名です。この解明にポーリングが一役買っていたのは、おそらく間違いないでしょう。

※1:ヘモグロビンの異常によって生じる遺伝性疾患

分子整合栄養医学の確立

カナダの精神科医エイブラム・ホッファー(1917~2007)は医師になる前には化学を専攻し、ビタミンやミネラルの働きに精通していました。彼は1960年代から統合失調症(精神分裂病)の原因を研究した結果、当時ビタミンB3と呼ばれていたナイアシンとビタミンCの栄養療法で画期的な成果を上げていました。

この治療法と結果に大変興味を抱いたポーリングは、自身の研究成果を1968年に雑誌『Nature』に"orthomolecular psychiatry"(分子整合精神医学)という名前で発表します。整形外科の"orthopedic''の"ortho-"は「正す」という意味があるように、"Orthomolecular(オーソモレキュラー)"は「分子整合」と日本語に訳されています。

ポーリングは1970年頃からビタミンCに興味を抱き、ビタミンCに免疫効果を上げる作用があること、身体のコラーゲン合成に強く関わり身体を強くする作用があることを発見していました。(ポーリング自身はビタミンCを服用し始めて風邪を引かなくなったといいます)

1974年には、カリフォルニア州に「体内成分調節医学研究所」(のちに「ライナス・ポーリング科学医学研究所」へ名称変更)を設立し、ビタミンCの効能についての研究に没頭しました。

ポーリングは「ビタミンCのグラム単位での大量摂取が風邪だけでなく統合失調症にも効果があり、ビタミンCラジカルの抗酸化作用がガンにも効果を発揮する」と主張しました。(様々な物質をX線回析・分子回析して構造を観察していたポーリングにとって、人間の体を分子レベルで観察することは容易なことだったのではないかと想像します)

このように、先述のホッファーの理論を裏付けるためにポーリングは自分の研究所において分子レベルで疾患を診て、医学の様々な問題点を解決する(治す)分子整合医学つまり"orthomolecular medicine"を確立していきました。

ポーリングとホッファーが残したもの

ところが、ポーリングの主張は米国の医学界の権威者からはおおむね否定され、“医学界の異端児”(medical mavericks)と冷遇されます。こうして学問的には不遇な晩年を送りながら1994年8月19日に他界しました。93歳でした。

しかし、ポーリングが提唱し異端視されていた様々な事実が最近になって再評価され始め、見直されつつあることは非常に喜ばしいことです。

また、ポーリングと同様にカナダの精神科医ホッファーも異端児扱いされます。そのため彼はカナダの精神科学会の会長を辞し、さらには大学教授の地位も退かざるを得なかったのです。ホッファーはクリニックを開業して自分の信念である分子整合栄養医学を用い、当時“不治の病”とされていた統合失調症やうつ病などの精神疾患の患者に対して素晴らしい効果を発揮し、患者を治療しました。

彼が言う「患者が治る」とは「社会復帰して税金を払うことができる状態になる」ということであると報告しています。ホッファーは2006年に現役を引退し、2007年5月27日、90歳で他界しました。

<画像2>ポーリングの著書『How to Live Longer And Feel Better』

日本における「分子整合栄養医学」

ポーリングの提唱する「分子整合栄養医学」に傾倒し、米国で直接ポーリングに指導を受けた金子 雅俊先生(分子整合栄養医学研究所)は、日本における「分子整合栄養医学」の啓蒙と指導のために「KYB運動」(Know Your Body)を創設し、その運動を精力的に広めました。

KYB運動とは健康自主管理運動のことで、「分子整合栄養医学」を基本にした栄養アプローチを中心とする「セルフ・メディケーションの重要性」を説き、全国に草の根運動的に展開しています。全国の一般会員は3万人を超えるといいます。さらに「医師・歯科医師・栄養士」などの医療関係者に対する教育活動も昨今では盛んに行われ、多くの医療従事者が臨床の場で応用して多大な効果を発揮しています。

私と分子整合栄養医学

私も過去15年間、溝口 徹先生(みぞぐちクリニック院長)のお世話で、金子 雅俊先生について「分子整合栄養医学」を学びました。そして、日常の保険診療で患者の症状が改善しない場合は治療に活用しています。統合失調症、うつ、パニック障害の患者には各種ビタミン・ミネラルに加えてナイアシンを2,000㎎で治療して好結果を得ています。

また、手術不可能とされた膵臓ガン患者に週3回の高濃度ビタミンC50g~100gを投与して膵臓ガンを縮小させ手術し、10年後の現在も健在である症例があります。骨髄異形成の患者に毎日ビタミンAを30,000IU(9,000㎍)投与して骨髄機能の正常化を図り、輸血の必要がなくなった症例もあります。

とにかく、分子整合栄養医学では詳しい生化学検査で体内の栄養状態を読み取り、それを栄養学的に補填すればあとは身体の補填修復能力が身体の働きを正常化してくれる学問です。このように生物学・生化学・薬理学などの基礎医学と栄養学の最新の知識をミックスさせたこの医学を学び、分子整合栄養医学が「未来の医学」になるのではないかと期待しています。

一般に、近頃よく遭遇する不登校の生徒や学生たちの根本原因は栄養不足(特にタンパク質・鉄・ビタミン不足)に起因することが多く、分子整合栄養医学で不登校児を支援することができれば喜ばしいと思っています。是非一人でも多くの人が学び、また、医療従事者が学び、日常の診療にも取り入れていただけたらと願っています。

私は毎年九州大学医学部の1年生に90分の講義をさせていただいていますが、各大学の医学部の授業でも教えていただきたいと念願しています。





<参考文献>

(1)『統合失調症を治す』:ホッファーA,大沢 博(訳) (第三文明社,2005)
(2)『脳に効く栄養』:マイケル・レッサー,氏家 京子(訳)(中央アート出版社,2005)
(3)『Medical Mavericks』:ヒュー・D・リョールダン,分子栄養医学研究所(訳)(分子栄養医学研究所出版部,2005)
(4)『Healing Cancer』:ライナス・ポーリング,エイブラム・ホッファー(共著),金予 雅俊・宮田 正彦(訳) (NPO法人分子整合医学協会,2006)
(5)『診たて違いの心の病』:溝口 徹(第三文文明社,2006)



※本記事は、筆者が医史学小噺・令和3年5月号に掲載した記事を一部改編したものです。