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折れない心身を育む~レジリエンス医学入門~

CASE1 レジリエンスを学んで「しなやかな枝のような強さ」を育もう

この記事の執筆者

スピックメディカルパートナー 鎌倉元氣クリニック

1993年日本医科大学医学部卒業。同大学付属病院麻酔科学教室、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)ペインクリニック科、医療法人誠之会氏家病院精神科・麻酔科などを経て2017年10月よりスピッククリニ ... [続きを見る]

自己紹介

患者様に寄り添う医療をモットーにしています。

突然ですが、読者の皆さんはご自身を健康だと思いますか?この質問は、クリニックに来院される患者さんに私が最初に投げかける問いでもあるのですが、それに対する答えはさまざまです。たとえば、健康増進を目的に、つまり特に具合が悪いわけではないけれども体調を整えるために来院した方から、「いえ、あまり健康とはいえません」という返事が帰ってくることがある一方で、がんの治療を目的に来院された方から、「はい、私は健康だと思います」という嬉しい返答を頂くこともあります。

実は、この質問には正解があるわけではありません。健康観は、ご自身の状態や置かれた環境をどう捉えるかの違いによって100人いれば100通りあり、万人にとって共通の「健康(な状態)」があるわけではないのです。まずはこのことを念頭に置いていただき、皆さんご自身にとっての健康とは何か、どういう状態なのかについて、少しだけ考えてみてください。

「ストレッサー」「ストレス」「ストレス反応」

さて、健康観については次回詳しく触れますが、ここからはまず、レジリエンス概念と密接に関わるストレスについてみていきたいと思います。たとえば、ある物体に外部から力を加え引き伸ばしたり縮ませたりしようとすると、その物体の内部には歪みが生じますが、この歪みのことを「ストレス」といいます。このように、元々は機械工学用語であったストレスという言葉を医学領域に適用し世に広めたのは、ストレス学説の生みの親であり、ストレス学の父とも呼ばれる生理学者、ハンス・セリエ博士です。セリエ博士以降、ストレスは【図1】のように考えられるようになりました。まず、外部から個人に対して掛かってくる負荷のことを「ストレッサー」と呼びます。ストレッサーの分類を【表1】に示しますのでご覧ください。一般的にストレスの原因というと、表中の心理的ストレッサーや社会的ストレッサーを思い浮かべることが多いかと思いますが、このように他にもさまざまな要素があります。さて【図1】において、ストレッサーが矢印Aのように加わった結果、個人の内部に生じる歪みのことを「ストレス」といい、それが身体・心理・行動の面で現れるのが「ストレス反応」です。このように整理してみるとおわかりいただけると思いますが、皆さんが日常で使っているストレスという言葉は、実際にはストレッサーやストレス反応を指していることが多いのです。「このところ仕事でストレスをたくさん抱えていて…」といった場合にはストレッサーのことを、一方で「最近ストレスが酷くて…」といった場合にはストレス反応をそれぞれ指していることがわかると思います。この図をイメージすることで、ストレスについて格段に理解しやすくなりますから、ぜひ頭の片隅に置いていただきたいと思います。

【図1】

【表1】

ストレスを乗り越える力「レジリエンス」

ここからは本連載のテーマでもある「レジリエンス」についてみていきましょう。このレジリエンスという用語は、まだ一般にはあまり馴染みのない言葉かも知れません。レジリエンスはストレスと同様に、元来は機械工学の用語として使われていました。機械工学用語としてのレジリエンスは、「外部から力が加わった際に外力を跳ね返したり、外力による損傷を吸収したりする能力」と考えられています。

【図1】においては、矢印Bに相当する働きや、さらには内部で発生する歪み(=ストレス)を緩衝するような働きがレジリエンスということになります。このように元々機械工学用語だったレジリエンスは、1970年代からは、逆境で生まれ育ったにもかかわらず立派な大人に成長した個人を形容する言葉として、おもに心理学の領域で用いられるようになりました。その後、精神疾患に対する防御因子および抵抗力を意味する言葉として定着し、近年の精神医学・ストレス学においては1つのトピックといえるまでになっています。こうしたストレスを乗り越える力であるレジリエンスは、身体に関しても成立する考えです。たとえば、ホルミシスという概念があります。ホルミシスとは元来毒性学の用語で、「多量であれば毒性を示す物質が、少量の場合には生体防御系を刺激することで耐性を獲得する現象」を指します。具体的には、高用量では毒性を示すオゾンを適量負荷することで、抗酸化酵素の誘導など、細胞レベルで防御能を増強できる「オゾン療法」が良い例です。また最近では、企業や社会における組織管理の領域でも注目されるなど、レジリエンスは非常に応用範囲が広い概念です。

頑丈であるだけでなく回復力を備えた「しなやかな枝のような強さ」

さて、次にレジリエンスの概念をより深く理解していただくため、図をご覧ください。上の木では、台風のような強い風に吹かれてもびくともしない状態を示しています。この木のように、ある人が強いストレッサーを受けたとしても微動だにしない場合、「その人のレジリエンスは高い」と表現されます。一部の研究者は、このようにストレッサーによってネガティブな影響をまったく受けなかった人だけを、レジリエンスが高い(=レジリエント)と考えます。では、下の木の場合はどうでしょうか。強い風に吹かれて一旦は大きく枝葉もろとも揺らいでいますが、風が去った後は元の状態に戻っています。先の考えでは、一旦ネガティブな影響を受けた時点で「レジリエントではない」と捉えますが、しかし、ひとたびネガティブな影響を受けてから回復した人も、やはりレジリエンスが高いと考える研究者も多く、私もこの立場をとっています。この後者の考え方には、病気発症の予防だけでなく、回復に至るまでのプロセスを包括的に視野に入れることができるという利点があります。ここで大切なのは、回復した状態は必ずしも元の状態と同じとは限らないということです。【図2】の下の木では、回復後の幹の太さを元の状態と同じ太さで描いていますが、逆境からの回復プロセスにおいて成長し、元の状態と比べ、より太い幹になることもあるわけです。このような逆境との奮闘による成長を、専門用語では心的外傷後成長(Posttraumatic Growth:PTG)といい、厳密にはレジリエンスと区別することもありますが、PTGはレジリエンスに含めて考えていただいて差し支えありません。このようなプロセスを考えると、木の幹は単に硬く太ければいい、というわけではないことがおわかりかと思います。なぜなら、単に硬く太いだけである場合には、風が想像以上に強く限界を超えたときに、ボキッと折れてしまうかもしれないからです。硬く頑丈であるだけでなく、回復力を兼ね備えた「しなやかな枝のような強さ」を併せ持っていることが重要なのです。本連載のタイトルを「〝折れない〞心身を育む〜」としたのは、こうした意味を込めてのことです。

【図2】

以上、本連載のプロローグとして、レジリエンスの概略について述べました。次回からは、しなやかさに頑強さを兼ね備えた「レジリエントな心身」を育む方法論について掘り下げていきたいと思います。

※本記事は「統合医療でがんに克つ」(株式会社クリピュア刊)にて掲載された松村浩道先生執筆の「折れない心身を育む」より許可を得た上で転載しております。

 

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