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口腔内の健康とこころの健康はリンクしている

神奈川歯科大学の調査によると、口腔内を良い状態に保つことは、身体の健康を守ると同時に「こころの健康」にも深く関わることがわかっています。

そこに大きく関係するのが食生活ですが、その際に栄養素の構成を決めるのは、“歯の数”や“咀嚼回数”です。特に、精製度の高い糖質が過剰な現代の食生活が、歯みがきやデンタルフロスなどのセルフケアよりも歯周病の進行に関わることが示唆されています。今回は、精神疾患も生活習慣病の側面を持っていることを、データを交えてご説明します。

歯の本数が減るほど抑うつリスクは高まる?

厚生労働省の調査によれば、平成29年度のうつ病患者数は127万人を超えています。平成14年と比較すると50万人以上増加していることになります。抑うつは、自殺の大きなリスクとなるだけでなく心疾患や要介護状態にも関連し、社会に大きな影響を与えています。

その原因および背景は多岐にわたるため単純には表現できません。しかし、一つの原因として口腔内環境が関連している可能性が高いことをご存じでしょうか。

神奈川歯科大学の研究者が、計19自治体に在住する要介護認定を受けていない65歳以上の14,279名を対象とし、2010年から2013年のデータを分析したところ、以下の結果となりました。

<表1>(神奈川歯科大学プレスリリース2017年1月より引用)


<表1>を見てみると、次の結果が読み取れます。

  1. 半年前に比べて固いものが食べにくくなったと感じている人は、そうでない人に比べ、その後抑うつ状態となるリスクが1.24倍高くなる。
  2. 歯が全くない人はそうでない人に比べ、その後抑うつ状態となるリスクが1.28倍高くなる。
ここで強調したいのは、高齢の方にとって食べることは大きな楽しみであり、友人や知人との食事は社会参加という意味でも重要であることです。固いものが食べにくくなったり、全ての歯を失うということは、食べる機能の低下のみならず社会参加にも影響して、高齢者の「心の健康」を害する可能性があります。

当然のことですが、歯の本数が減ればそれまで普通に食べていたものが食べにくくなります。さて、歯の本数が減り咀嚼ができなくなってしまったらどうなるのでしょう。

咀嚼の重要性

虫歯や歯周病で歯を抜いた経験のある方、親知らずの抜歯後に歯ぐきが腫れた経験のある方は、当日どんな食事をしていたか思い出してみて下さい。「いやぁ、噛むのがシンドイから、お粥を食べていたよ」という方も多いのではないでしょうか。精米された白米を柔らかく炊いたお粥の主成分は、“炭水化物(糖質)”です。

炭水化物の摂取により生命維持のためのエネルギーは確保できますが、これではその他の大切な栄養素(タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、食物繊維など)は全く不足しています。こうした栄養素を摂取するためには肉や魚、野菜などをしっかり摂る必要がありますが、十分に噛めなければそれも困難です。つまり「よく噛めない」ということは、摂取できる食材の種類が減り、結果として栄養の偏りと不足を招く大きな原因となるのです。

現代における“炭水化物過剰”

厚生労働省から、歯の本数と摂取している栄養素の関連性を示すデータが出ています。このデータによると、大部分の栄養素は歯の本数が減るほどに摂取量が減少していきます。しかし、不思議なことに、歯の数に関わりなく摂取できる栄養素が一つだけあります。それが先ほどから度々登場している「炭水化物」です。

歯の数が減少し、噛み砕いて飲み込む能力が低下すると、加工度の高い精製された炭水化物、いわゆる「白い糖質」の摂取割合が必然的に高くなってしまいます。現代人は、この精製度の高い糖質を圧倒的に過剰摂取しています。

歯周病改善に効果てき面?「石器時代」式ライフスタイル

ここで、フランスで行われた非常に興味深い実験をご紹介します。実験の内容は、石器時代(紀元前4000~3500年前)の食生活を含む環境を再現し、2家族を含む老若男女10名が4週間その環境で生活し、健康状態や口腔内の変化を調べるというものです。

実験期間中の食事は、野生のヤギの肉、自然の果実やハーブ、品種改良されていない未精製の穀物などが中心となります。また、現代の生活ではもはや切り離すことができない電化製品はもちろん使用できません。さらにデンタルフロスや歯間ブラシなどの補助清掃具だけでなく歯ブラシも使用不可とされたため、それまで習慣にしていたお手入れは行えません。

結果、どうなったでしょうか。驚くべきことに、口腔衛生が不十分だったにも関わらず、歯周病の状態は改善したのです。歯周病が現在進行形かどうかの目安となる検査時の歯肉出血(BOP)は、34.8%から12.6%に減少(P<0.001 で有意差あり)しました。さらに、歯周病の程度を示す歯周ポケットの深さも、平均0.2㎜減少(P<0.001で有意差あり)しました。この変化は、現代の食生活では考えられないことです。

お手入れが不十分であったため、細菌のかたまりである歯垢(プラーク)は増えた一方、歯周病を悪化させる細菌はむしろ減少していました。口腔所見以外では 高脂血症の被験者の血清脂質、ホモシステイン、CRPなどの減少もみられました。これらは、いずれも心血管疾患のリスク因子となるものです。

論文の著者は、これらの結果を踏まえた上で「現代の食事との最大の違いは、精製された砂糖を摂らないことだ」と考察しています。歯周病がまさに生活習慣病であり、その大きな要因が毎日の食事であること、その中でも精製度の高い糖類の影響が大きいことを示していると言えます。

口腔内の健康とこころの健康

ヒトが歯を失う最も大きな原因は「う蝕(虫歯)」と「歯周病」です。特に、壮年期以降は“いかに歯周病のコントロールをするか”が、歯を保つ上でのキーポイントになります。それが身体の健康だけでなく、こころの健康にも関わっていきます。豊かな楽しい人生を全うするためには、口腔内の健康と栄養素の摂取に十分に注意を払いたいものです。





<参考文献>

  • Yamamoto T, Aida J, et al.:Oral Health and Incident Depressive Symptoms: JAGES Project Longitudinal Study in Older Japanese.J Am Geriatr Soc. 2017 May;65(5):1079-1084.
  • 厚生労働省『日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方に関する検討会』平成26年1月20日資料
  • Baumgartner S, Imfeld T et al.:The impact of the stone age diet on gingival conditions in the absence of oral hygiene.J Periodontol. 2009 May;80(5):759-68.