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宇宙と宇宙を繋ぐ(5) 最終回 3つの時空を繋げるには

現代の生活環境と食生活が、私たちの腸内や口腔内の健康に大きな影響を与えていることが分かってきました。都市化や加工食品の増加により食物の細菌構成が変化することで、私たちの腸内細菌の多様性が減少し、体内の恒常性が悪化して生活習慣病のリスクが高まっています。また、土壌の微生物と腸内の微生物には深い関係があり、土壌の生物多様性が失われたり、土壌とヒトの直接の連関が失われたりすると、腸内細菌の構成にも悪影響が及びます。このため、私たち自身と将来の世代の健康を守るためには、口腔や腸のケアだけでなく、自然環境(プラネタリーヘルス)の保護にも配慮し、実際に行動することが重要です。

前号までに口腔と腸・脳の様々な連関を、基礎と臨床の両面から考察してきました。最終回となる今回は、そこに土壌、もっと大きく言えば我々を取り巻く環境(プラネタリーヘルス)の視点を加えて、私たちはこれからどう行動すべきかを考え、総括したいと思います。

土壌微生物とヒト腸内細菌叢との関係を探る、興味深いレビュー1)をご紹介します。

土壌と腸内には、それぞれ活発な微生物が存在しますが、腸内マイクロバイオ―ム(MB)の多様性は土壌の生物多様性のわずか10%に過ぎず、現代の生活スタイルにより劇的に減少しています。このレビューでは、土壌とヒト腸内MBとが人類史の過程で深く関連し、現在も相互に影響し変化し続けているという、「環境MB仮説」を提唱しています。

表1 自然環境とヒトの細菌密度と多様性

ヒト大腸の細菌密度は土壌の1,000~100,000倍(重量あたり)だが、多様性は10%程度である。

文献1より引用改変

腸内フローラの変化

ヒトが狩猟採集民から都市化された社会へと移行する中で、腸内MBのα多様性が失われました。興味深いことに、都市部ではβ多様性が増加しており、個々人のMBがより差別化されています。これは、都市環境における人々が土壌や糞便との接触が少なく、衛生的な環境、抗生物質の使用、加工食品中心の食物繊維不足の影響を受けていることが一因と考えられます。

※α多様性は一つの場所やサンプルの内での多様性の尺度であり、健康や生態系の安定性を示す。一方、β多様性は異なる場所やサンプル間での多様性の違いを表し、環境の変化や個体間の差異を評価するために重要。この二つの指標を組み合わせることで、環境や健康に対する影響を包括的に理解することが可能となる。

土壌・環境と腸内・口腔内MB

一方で、土壌の生物多様性も多くの農村地域で減少しており、農薬の使用増加、単一種大規模栽培による低い植物多様性、厳格な土壌管理手法が作物の表面や内部に生息する微生物の多様性に悪影響を与えています。これらの変化は、ヒト腸内MBに関連する生活習慣病の増加と一致しています。また土壌由来の細菌、特にActinomycesやStreptomycesは口腔内でもみられ、歯垢の形成や口腔内の病原菌に対する防御機構に関与していると考えられています。これらの土壌由来の細菌は、口腔内でバイオフィルムを形成し、他の細菌と相互作用して、生態系全体のバランスを保つ役割を果たしています2)

腸内MBと環境の循環

都市部の生活環境では、工業化前の農村環境と比較して腸内フローラの多様性が損なわれ、生活習慣病のリスクが高まっている可能性があります。この問題を解決するためには、ヒトの腸内MBを空・水(地下水、川、海)・土壌からなる環境循環の一部とみなす新たな視点が有用かもしれません。

栄養・食事の影響

現代の食事は、加工食品の割合が増え、食物繊維の摂取が減少しています。この変化は、腸内の有益な微生物の減少を招いており、これは土壌の微生物多様性の減少と相互に影響しあっています。例えば、農薬や化学肥料の過剰使用による土壌中の微生物の多様性低下や、水耕栽培の増加による土壌の欠如が農作物MBを介して腸内・口腔内MBに影響を与えています。

図 1 土壌と腸内MBの多様性とその変化

異なる環境(農村と都市、産業化以前と以後)での腸内MBのα多様性の減少とβ多様性の増加。現代社会での微生物の多様性減少が、環境と食生活の変化とどのように関連しているかを理解する上で重要な視点を提供している。文献1より引用

連載の総括:口腔、腸と環境 3つの時空を繋げるには

これまでの連載を総括します。

1.口腔と腸の細菌叢の関連性 口腔と腸の細菌叢は密接に関連しています。口腔内細菌は、消化管経由、あるいは血流を通じて全身に広がり、腸内環境に影響を与えます。例えば、歯周病菌が腸に達すると、腸内MBのバランスが崩れ​腸管上皮の透過性亢進と炎症を引き起こします。口腔の健康が腸の健康や全身の免疫機能にも影響を及ぼし、特に免疫細胞の成熟過程、抗原提示と感作に重要な役割を果たしていることが示されています​。
2.土壌微生物と腸内細菌叢の関係 土壌の生物多様性が腸内の微生物多様性に影響を与えることも明らかになっています。土壌と腸内には類似した微生物が多く存在し、土壌の微生物は食品を通じて腸内に取り込まれ、腸内MBの多様性や機能に影響を与えると考えられています​。しかし、都市化や農業の変化により土壌の生物多様性が減少し、それに伴って腸内MBの多様性も低下していることが問題視されています​。
3.健康への影響と生活習慣病 これらの微生物の多様性の減少は、生活習慣病の増加に寄与している可能性があります。特に、腸内MBの多様性が低下すると免疫機能が弱まり、慢性炎症が引き起こされやすくなります。このような炎症は、糖尿病や心血管疾患、さらには認知症などの発症リスクを高めることが示されています​。また、口腔の健康状態が悪化すると、腸内MBに悪影響を及ぼし、結果として全身の健康にも悪影響が及びます。
4.行動指針: 環境と生活習慣の改善 これらの知見に基づき、健康を維持するためには、口腔と腸の健康管理が重要であると同時に、土壌の生物多様性を保護することも不可欠です。具体的な行動指針としては、以下の点が挙げられます。

  • 適切な口腔ケアの実践: 歯周病や虫歯の予防を徹底し、口腔内の健康を維持することが、腸内フローラの健全さを保つために重要です。
  • 食生活の改善: 加工食品の摂取を控え、繊維質の多い自然食品や発酵食品を積極的に摂取することで、腸内フローラの多様性を高めることが推奨されます。各種サプリメントの活用も考慮します。そして化学肥料や農薬の使用を減らし、土壌の生物多様性を保護することが、最終的にはヒトの健康にも貢献します​。
  • 環境保護活動の推進: 持続可能な農業の推進や、環境・土壌保護活動に参加することが、個々人の健康だけでなく、広く地球全体の生態系(プラネタリーヘルス)の保護につながります​。

これらの行動を日常生活に取り入れることで、私たちの健康だけでなく、次世代へ健全な環境を引き継ぐことができるでしょう。やれることから始めませんか。

おわりに

5回にわたり口腔と腸、中枢、そして環境との相関について連載させて頂きました。私たち医療従事者は、目の前の患者さんを救うことだけに目を奪われがちですが、もっと広い視座を意識することも大事だと思います。この連載が皆様の小さな「気づき」に繋がれば望外の喜びです。長くお付き合い頂き、ありがとうございました。

2024年9月15日(日)〜16日(月/祝)開催の「国際栄養医学シンポジウム2024」初日のJSOMアンバサダー講演において、桐村里紗先生(tenrai株式会社 代表取締役/医師/産業医)が「ヒューマンヘルスからプラネタリーヘルスへ 〜今、医療・ヘルスケア業界に求められる大転換(グレートトランジッション)〜と題して登壇されます。

お時間ございます方は、ぜひご参加ください。

〜「国際栄養医学シンポジウム2024」概要は下記より〜

https://isom-japan.org/seminar/general_meeting_lp?page=2024

【参考文献】

  1. Blum WEH, Zechmeister-Boltenstern S, Keiblinger KM. Does Soil Contribute to the Human Gut Microbiome? Microorganisms. Aug 23;7(9):287 2019.
  2. Varoni EM, Rimondini L. Oral Microbiome, Oral Health and Systemic Health: A Multidirectional Link. Biomedicines. Jan 17;10(1):186 2022.

森永 宏喜 (モリナガ ヒロキ)先生の関連動画

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