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DHA・EPAとオーソモレキュラー

この記事の執筆者

早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門

目次

    多くの疫学研究から水産脂質の予防医科学的な研究の発端があり、今日までの膨大な薬理作用とそのメカニズム研究に進展しました。その中でも、特にEPAの循環器系における薬理学的機能やDHAの中枢神経系、炎症性疾患、発がん抑制などへの予防医科学的な研究には目を見張るものがあります。EPAやDHAの有効利用は近年急激に進展していきましたが、栄養学的・食品学的視点から、疾病の発症時期を大幅に遅らせようとする予防医学ならびにオーソモレキュラー医学が重要と考えています。海洋には予防医学的な物質や栄養素が多く存在すると考えており、筆者はこれらをマリンビタミン(Marine Vitamin)と呼んでいます。

     

    はじめに

    オーソモレキュラー医学は、「ビタミン、ミネラル、アミノ酸などの栄養素を、分子レベルで最適な量で投与し、病気の予防や治療をする医学」として提唱されました。「オーソモレキュラー」は、Ortho(オーソ:矯正、修正、正しい)とMolecular(モレキュラー:分子)を組み合わせた造語です。現在では、予防目的での栄養療法にとどまらず、最新のエビデンスに基づく治療レベルの栄養療法を目指し、未来社会に必要とされる概念です。

    食による予防医学

    生活習慣病の発症を遅らせ、健康寿命を延ばし、QOLを改善する予防医学の実践には、“安全性(Safety)” “科学的根拠(Evidence)” “作用機作(Mechanism)”の科学的データを有する「ヘルスフード(機能性健康食品)」の有効利用が必要です。そして、その結果として国策である医療費の削減や食品関連産業の振興にもつながると私は確信しています。

    ヒトの加齢現象は、皆一律同様に進行する訳ではなくて個体差があります。さらには、その人を取り巻く環境要因が大きく左右することから、これらに対抗する予防医学やQOL向上もまた様々です。この多様性に対応するためには、知的要素を個々人に当てはめる「食による予防医学(知的食生活)」の実践が重要といえます。

    ヘルスフードの種類を、予防すべきターゲットに分類しました。
    脳機能の維持や改善、加齢やストレスにより生じる活性酸素の消去、血流の改善や心筋機能の維持、骨粗鬆症や関節痛・痛風の予防、便秘改善や腸内細菌のバランス維持、白血球機能の維持や免疫力低下の抑制、老人性アレルギー疾患や炎症の抑制、視力低下の抑制、体力維持・増進(抗疲労や持久力向上)、有害菌の排除、情緒や睡眠の改善など、多岐にわたる機能を有するヘルスフード成分が既に存在しています。

    その中でも本稿では、「食による予防医学」の実践として海洋由来の機能性食品成分である、EPAとDHAについて詳しく説明します。

    マリンビタミン

    多くの疫学研究から水産脂質の予防医科学的な研究の発端があり、今日までの膨大な薬理作用とそのメカニズム研究に進展しました。その中でも、とりわけEPAの循環器系における薬理学的機能、そしてDHAの中枢神経系、炎症性疾患、発がん抑制などへの予防医科学的な研究はめざましいものがあります。

    EPAやDHAの有効利用は近年急激に進んできましたが、栄養学やオーソモレキュラー医学的・食品学的視点から、疾病の発症時期を大幅に遅らせようとする予防医学が重要と考えています。私は、予防医学的な物質や栄養素が海洋には多く存在すると考えており、これらをマリンビタミン(Marine Vitamin)と呼んでいます。

    EPAの医薬品・機能性食品開発

    「魚食」や「魚油摂取」に関する疫学調査は、1970年代初期以来、枚挙に暇がない程でありますが、その成分であるEPAとDHAの研究にはその後20年もの月日が費やされてきました。疫学研究より推測されたEPAの抗血栓、抗動脈硬化作用のメカニズムを明らかにするため、高純度EPAエチルエステルの健常人、及び種々の血栓症を起こしやすいと考えられている疾患(虚血性心疾患、動脈硬化症、糖尿病、高脂血症)患者に投与し、血小板および赤血球機能や血清脂質に与える影響を検討しました。

    その結果、EPA投与によりヒト血小板膜リン脂質脂肪酸組成、血小板エイコサノイド代謝および血管壁プロスタグランジン産生を変動させ、血小板凝集抑制作用がみられました。また、EPAは赤血球膜リン脂質に取り込まれ、その化学構造に由来する物理化学的性状から赤血球膜の流動性が増しました。すなわち赤血球変形能が増加することにより血栓症の予防に役立っていることが推測されたのです。さらには、血清トリアシルグリセロ-ル値の低下がみられました。つまり、高純度EPAエチルエステルは、高脂血症患者の血清脂質の改善、各種血栓性疾患での昂進した血小板凝集の是正、血栓性動脈硬化性疾患の臨床症状の改善をもたらすと推定されたのです。

    このように先行したEPAに関する研究・開発の結果、1990年、世界に先駆け我が国において、高純度EPAエチルエステルが「閉塞性動脈硬化症」を適応症とした医薬品として上市されます。1994年には、中性脂肪低下作用から「脂質低下剤」として薬効拡大の申請が認可されています。以来25年以上、臨床医からは“副作用が少なく使いやすい医薬品”と評価されています。その後ジェネリックの出現とスイッチOTCへの移行(2012年)など、EPA市場は拡大し続けています。

    なお、機能性食品分野では2004年に中性脂肪の低下作用が認められ、「特定保健用食品」に認可されています。また、2015年に開始された新制度である「機能性表示食品」にも登録されました。

    DHAの中枢神経系作用

    DHAは、ヒトにおいても脳灰白質部、網膜、神経、心臓、精子、母乳中に多く含まれ局在していることが知られており、何らかの重要な働きをしていることが予想されています。

    脳機能に関する報告として、Lucasらは300名の未熟児、7~8歳時の知能指数(IQ)を調べた結果、DHAを含む母乳を与えられたグループに比較して、DHAを含まぬ人工乳を与えられたグループではIQスコアが10程度低いことを報告しています。その他、栄養学的にDHA食を与えた動物では、記憶・学習能力が高いという実験成績は、多くの研究機関より報告されています。

    一方、ヒトへの臨床試験としては、老人性認知症の改善効果が得られました。1日当たりDHAとして700~1400㎎(サプリメントタイプのもの)を6か月間投与した結果、脳血管性認知症13例中10例、またアルツハイマ-型認知症5例中全例に、「やや改善」以上の効果がみられました。そして、その精神神経症状における意思の伝達、意欲・発動性の向上、せん妄、徘徊、うつ状態、歩行障害の改善が認められています。

    さらに別の臨床研究では、脳血管性認知症患者へのDHAカプセル投与による改善効果に関し、統計処理上明らかな有効性を示しました。そのメカニズムについても推論し、DHA投与群における赤血球変形能および全血粘度において、統計的に有意な改善がみられ、脳の微小血管における血行改善が示唆されました。

    以上のことから、ヒトもDHAを摂取して、記憶学習能力の向上が図れる可能性が高いと考えられます。なお、n-3系脂肪酸のなかで血液脳関門を通過できるのはDHAのみです。その作用機序の一つとして、細胞膜リン脂質にDHAが取り込まれた細胞の膜流動性が高まり、そのため神経細胞の活性化や神経伝達物質の伝達性が向上すると推定されます。

    Carlsonらは、未熟児の視力発達および認識力におけるn-3系脂肪酸の重要性を検討しました。総合的に考えると、神経系や視力の適正な発達にとってDHAは必須であり、未熟児だけでなく正常に成長している乳幼児にも有効であることが強く示唆されています。このように、DHAは脳や神経の発達する時期の栄養補給にとどまらず、幼児期から高年齢層の脳や網膜の機能向上にも役立つと期待されています。すなわち現代および未来においても、極めて重大な社会問題として提起されていると言ってもいいでしょう。私は、DHAを老人性認知症の予防や改善に必要な「ブレインフード」代表として評価すべき栄養素と考えています。

    なお、EPAと同様に2004年には中性脂肪の低下作用が認められ、特定保健用食品に認可されました。また、2015年に開始された新制度である機能性表示食品にも登録されています。さらには「認知機能改善」のヘルスクレームにも登録されています。

    DHAのその他の薬理作用と予防医学 

    高橋らは、大腸がん発症に対するDHAの抑制作用について検討しました。発がん物質であるジメチルヒドラジンの皮下投与ラットにDHAエチルエステル(純度97%)の胃内投与を行いました。すると、ラット1匹あたりの病巣の数と、消化管部位異常腺窩の数および1病巣あたりの平均異常腺窩数は、DHAエチルエステル投与によりいずれも有意に低下しました。この結果から、DHAは前がん状態である異常腺窩を抑制し、発がんを抑制(発がん予防)することが示唆されました。その他では、以下の重要な薬理活性が現象面で得られています。

    1. 網膜機能の改善
    2. 細胞膜流動性と膜酵素およびレセプターの活性化
    3. ペルオキシソーム症の治療
    おわりに
    以上のように多岐にわたる薬理活性を有するEPA、DHAですが、通常の食生活の中に取り入れることにより、多くの疾病の予防に役立つ“予防医学的健康栄養素”、すなわち前述のヘルスフードであると位置づけられます。すでに悪化してしまったものをリスクがないとは断言できない医薬品で治療するよりも、悪化前の予防あるいは悪化時期を遅らせる機能を有する“医療費抑制因子としての予防医学的食品”が今後より重要になると考えています。特定保健用食品や機能性表示食品としてEPA、DHAはすでに大きな市場を形成しており、より広範囲の「食による予防医学」市場を発展させつつあります。予防医学的にもオーソモレキュラー医学的にも、EPA、DHAの重要性はさらに高まっていくことでしょう。





    <参考文献>
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