認知症とは、「脳疾患による症候群であり、通常は慢性あるいは進行性で、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習能力、言語、判断を含む多数の高次皮質機能障害(ICD-10)」と定義されています。主要な認知症の根本的な治療は確立されていませんが、物忘れをはじめとした認知症の症状はさまざまな要因によって引き起こされており、そのうち修正可能な要因に適切に介入することによって改善する可能性があります。米国で開発されたリコード法というアルツハイマー病の統合的な治療プロトコルもこのような考えに基づいて実践されており、前後比較の研究では認知機能が軽度低下している中高年がリコード法に基づく治療を受けたところ、有意に認知機能が改善し、脳灰白質の容積が増大、海馬容積の減少が抑えられたことが報告されています(1)。
認知症に対する栄養療法のコツ
認知症は、複合的な要因による脳の病気による記憶や思考などの高次機能障害で、根本的な治療法は未だ確立されていないが、その症状については食事や栄養の改善によって回復が見込める可能性がある。認知症の栄養療法を行うにあたって特に重要なポイントは、炎症とインスリン抵抗性の改善、栄養素・ホルモンの最適化である。炎症の改善には、炎症を引き起こす食品を避け、抑制に役立つ食品を摂ることが推奨される。
インスリン抵抗性を改善するには、高血糖にならないように精製糖を控える、空腹時間を十分に確保することなどが重要である。ビタミンB12や甲状腺ホルモンなどの不足も認知症のリスクとなるため、定期的な血液検査を行い、最適化する必要がある。認知症の栄養療法の実践にあたっては、十分な知識を持った医療関係者のサポートのもとで実施することが望ましい。
認知症とは
本稿では、認知症を予防し、認知機能の回復に非常に重要なポイントである炎症、インスリン抵抗性、栄養不足の問題と、それらに対する栄養的なアプローチの概要について解説します。
炎症の改善
全身的な炎症は直接的に認知機能の低下を引き起こすだけでなく、炎症性サイトカインや活性酸素の増加など、さまざまなメカニズムを介してアミロイドβの産生増加を促し、認知症のリスクを高めることが知られています(2)。
炎症の原因は感染症、怪我、ストレス、自己免疫疾患など多岐にわたります。食品では穀類(特に小麦)、菓子類、肉類は炎症を起こしやすいことが知られていることから、これらはできるだけ避けることが望ましいと考えられます。反対に、豆類、種実類、淡色野菜、緑黄色野菜、魚介類、果実類、香辛料などは炎症を抑制するのに役立つので、積極的に摂取することを勧めます。
インスリン抵抗性の改善
アルツハイマー病では、早期から脳の特定部位において、脳細胞のインスリンの効きが悪くなり、血液中のブドウ糖を細胞内に取り込めなくなる、いわゆる「インスリン抵抗性」が起こり、ブドウ糖の取り込みが低下するという所見が見られます。その結果、脳は慢性的なエネルギー不足に陥り、認知機能の低下につながると考えられています(3)。インスリン抵抗性が見られるという点でアルツハイマー病と糖尿病は共通点があり、故にアルツハイマー病は「第3の糖尿病」とも呼ばれています。インスリン抵抗性を改善するためには、高血糖の予防が不可欠です。具体的には、ブドウ糖や砂糖など、血糖値を急激に上昇させる精製糖の摂取を控える、食事の際は炭水化物を最後にする、食物繊維を毎食摂取する、1日の中で空腹時間を12時間以上確保する(間欠的ファスティング)といった指導が有効です。しかし高齢者や基礎疾患を持つ方に対しては、十分な注意を払って行う必要があります。
栄養素・ホルモンの最適化
ビタミンB12や葉酸、甲状腺ホルモンや性ホルモンなど、特定の栄養素の不足は認知機能の低下や認知症のリスク因子となりえます。
したがって、定期的に血液検査などを実施し、各種栄養素やホルモンの値をつねに理想的な状態に維持することが望ましいと考えられます。しかし、一般的な健康診断の項目だけでは栄養状態を判断するには十分でないことがあります。抗加齢医学やオーソモレキュラー医学に基づく医療を実施している医療機関で必要な検査項目を相談するのが良いでしょう。
おわりに
認知症はさまざまな要因が症状に影響しており、何が問題になっているのかは人によって異なります。十分な根拠のないまま極端な食事制限を行ったり、不必要なサプリメントを使用したりすればかえって問題が起こることもあり、慎重かつ丁寧に進めていく必要があります。
認知症の治療は困難ではあるものの、それ故に少しでも改善が見られるとご家族のみならず、治療者側も大変うれしいものです。本稿の読者が一人でも多く、認知症の栄養療法にチャレンジしていただきたいと思います。しかし、知っておくべき知識が幅広く、そのために二の足を踏んでいる方も多いのではないでしょうか。
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参考文献
(1)Toups, K. et al. Precision Medicine Approach to Alzheimer’s Disease: Successful Pilot Project. J. Alzheimer’s Dis. 88, 1411–1421 (2022).
(2)Andronie-Cioara, F. L. et al. Molecular Mechanisms of Neuroinflammation in Aging and Alzheimer’s Disease Progression. Int. J. Mol. Sci. 24, 1869 (2023).
(3)Chandarana, C. V. & Roy, S. Comprehensive Review on Neuro-degenerative Type 3 DM. Curr. Diabetes Rev. 18, E131221198790 (2022).
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