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ガンのNosuke、此処に参る【前編】

対談インタビュー:Nosuke×柳澤 厚生

この記事の執筆者

SPIC Clinic

一般社団法人日本オーソモレキュラー医学会代表理事。スピッククリニック名誉院長。 杏林大学医学部卒、同大学院修了。 医学博士。杏林大学保健学部救急救命学科教授を経て、2008年より国際統合医療教育セン ... [続きを見る]

2018年11月に「精巣ガン」と診断されたロックバンド・HighsidEのドラマー Nosukeさん。

彼がどのような経緯で診断を受け治療を行っているのか、どのような思いを持たれているのか、直接お話を伺う機会をいただきました。
柳澤 厚生との対談、前後編でお届けいたします。

<画像>Nosukeさん(左)と柳澤 厚生(右)

診断、そして治療の始まり

柳澤:さて、早速本題に入りますが、診断を受ける前、自覚症状は何かありましたか?

Nosuke慢性的な腰痛に悩まされていました。ですが、打楽器奏者としては、腰痛も「よくあること」という認識だったため、鍼や整体に通っていました。そうすると、その日は楽になることもありました。なので、筋肉をつけて体のコンディションを整えていけば次第に治る、と思っていました。ですが、そうこうしているうちに、だんだん食欲も落ちてきました。というのも、腹部にできた15cmほどのリンパ腫が胃を圧迫していたからです。その時、痛みはほとんどありませんでしたが、触ってみると腫れているのがはっきりとわかりました。

柳澤:15cmですか。かなり大きいですね。

Nosuke:医師もびっくりしていました。

柳澤:それで悪性リンパ腫だろう、と。

Nosuke:はい。ですが、その時僕自身は、位置的にも「胃が腫れてるのかな」と思っていました。ストレスだったり、いくつかの要因が重なって少し体調を崩した、くらいの感覚だったんです。そんな中、9月頃から頻繁に熱を出すようになり、ロキソニンを飲んで寝るという日が続くようになりました。さすがにまずいと感じ、病院でCT検査を受けることを決めました。その後、精巣を触診で診てもらった時に「精巣ガン」と診断されました。これが2018年11月半ば頃の話です。

柳澤:それから抗がん剤治療を始めたのですね。

Nosuke:はい。お医者さんからみた“精巣ガン ステージIII A期”がどの程度のものかはわかりませんが、「まず精巣を取って、抗がん剤治療を4ヶ月間行います」と告げられました。詳しい人だったら「抗がん剤はやらない」「ビタミンC点滴を受けたい」といった別の選択肢もあったかもしれませんが、当初の自分は「でも、ビタミンCをやって治るなら、世間でももっとその存在が広まっているはずだ」と考え、病院の方針を信じました。

グランプロクリニックを受診

Nosuke:今思うと、この時の自分の決断については、間違いではなかったと思います。手術前に「グランプロクリニックの松山淳先生の元で受診してみたら?」と勧められました。そこでCTC検査(循環腫瘍細胞検査)*1、栄養療法について聞きました。同時に、現在の自分の状況についてもカルテで一通り確認していただき、おすすめの治療法も教えてもらいました。

*1参考ウェブサイト:臨床循環腫瘍細胞検査CTC研究会https://www.ctcjapan.jp

松山医師の言葉、治療法への理解の深まり

Nosuke:そこで、松山 淳先生(グランプロクリニック銀座・理事長)から聞いて印象に残っているのが、「幹細胞を攻撃して死滅させないことには、根治にはつながらない」と言われたことです。抗がん剤は不可欠ではあるものの、抗がん剤のみでは攻撃できない部分があると聞いた時、「これを(最初の)診断時に聞くことができたのなら、早い段階からもっとポジティブに受け止められたのに」とも思いました。今でこそ前向きに考えられるようになりましたが、当時は右も左もわからない手探り状態の中で抗がん剤治療を受けていました。

自分としては、この話を聞いた瞬間「あぁ、だからあの時、抗がん剤を入れたのか」と納得できました。それから自分自身が「治療法を理解し、自分の決断で今この治療を行っている」ことを発信しようと決めたのです。

正直、病気になったことのない人からしたら、“自由診療”の本当の意味はわからないと思いますし、反対派が多ければそちらに便乗してしまうという方もいるかもしれません。ですが、いざ「○○(病名)です」と宣告されると“自分がどうするか”しかないので、僕としてはそういった方に少しでも寄り添えたらなと思っています。

宣告時の絶望感

柳澤:話を戻しますが、悪性リンパ腫と診断された時、どんな気持ちでしたか?

Nosuke:その時は悪性リンパ腫が何なのかもあまりわかっていませんでした。「つまり血液のがんです」と言われた時、この“がん”という二文字が重くのしかかりました。体調が優れないのは自覚していたので、何かしらの診断はされるだろう、と自分では覚悟していたつもりです。けれど、がんとは1ミリも考えていませんでした。当時、自分の中でがんは治らない病気というイメージがありました。とはいえ、がんと一言で言っても様々な種類があること、この時代にがんと診断を受けるのは決してめずらしくないことはわかっていました。

それでも、いざ自分が宣告されると「まさか。自分がこの年で?」とショックを隠し切れず、知識もない状態だったのでただ怯えることしかできませんでした。まず、このがんへの恐怖という感情に支配された後に浮かび上がったのは、育ててくれた母に対する「ごめんね」でした。

柳澤:それはどうしてですか?

Nosuke:「(自分の不摂生から)がんになってしまいました」ということです。

柳澤:なるほど。ちなみに、診断を伝える時、医師はどんな反応でしたか?

Nosuke:思ったよりも落ち着いてお話しをされる印象を受けました。ただ、「残念ですね」というニュアンスではなかったように思います。「これから話すことを驚かずに聞いてね」「今後はこうした治療を行っていきましょう」といった話をしていたと思います。ですが、がんという言葉が渦巻いて頭がまっしろな状態だったので、その時話した内容はあまり覚えていません。

その後は元々の性格もあり、とことん調べ出しましたが「キーワード:精巣がん 胚細胞腫瘍」でヒットする情報は限られたものでした。そこで、「まずは自分を信じなければ」と心に決めました。同時期に、同じ病気の方との出会いもあり、そういった方に寄り添えたらいいなと思いました。

自分のために、家族のために

柳澤:がんと診断されることは、どれほど辛い状況か知る由もありません。ですがNosukeさんはその壁を乗り越え、今こうして前を向いていらっしゃるのですね。

Nosuke:診断された時、ショックを受けたのは誤魔化しようのない事実です。ただ、自分の中でそれよりも大きかったのが、(籍を入れたばかりのタイミングだったこともあり)家族に申し訳ないな・・・という気持ちでした。なので、落ち込み続けてばかりもいられない。どちらかというと「ごめん、すぐ治すから」という心持ちでしたね。今考えると、僕の場合はこうした状況下でがんという病気から意識を逸らすことができたと思っています。

柳澤:それはあるかもしれません。診断後、一番まずいのは“じっと病気のことを考えて悩み、落ち込むこと”です。そうなってしまうと、本来ならポジティブに進むであろう出来事までネガティブに働く恐れがあります。これまで多くのがん患者さんとお会いしてきましたが、大きく分けて患者さんには2つのタイプの方がいらっしゃるように思います。1つ目のタイプは「さて、ではこれからどうやって治していこうか」と未来を見据えて治療を考える人。2つ目のタイプはというと、主治医の指示をじっと待つ人です。どちらの方が長生きするかというと、前者=自分で動いている方です。

というのも、僕のこれまでの経験則では、常に前向きに「絶対に治る!」と信じている方がずっと元気でいらっしゃいます。こう聞くと「まさか、心持ちだけで病状が変わるなんて大げさな」と思う方もいるかもしれません。ですが、こうした患者さんを目の前で何人も見てきたことから、“病は気から”という言葉は間違っていないと確信せざるを得ません。なので、今日Nosukeさんが前向きにがんと向き合われていることが伺えて安心しました。医師に任せきらず、自分自身で選択肢を考えていらっしゃいますね。




後編(3月27日配信)では、Nosukeさんが行っている治療法や治療を行う上で心がけている習慣などをお聞きしながら、今一度「ガン」という病気を考察しています。