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折れない心身を育む~レジリエンス医学入門~

CASE6 ボディのレジリエンスを高める方法~腸内環境(その⑤)

この記事の執筆者

スピックメディカルパートナー 鎌倉元氣クリニック

1993年日本医科大学医学部卒業。同大学付属病院麻酔科学教室、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)ペインクリニック科、医療法人誠之会氏家病院精神科・麻酔科などを経て2017年10月よりスピッククリニ ... [続きを見る]

自己紹介

患者様に寄り添う医療をモットーにしています。

これまで「腸内環境編」では、私たちの体にとって腸の状態を適正に保つことがいかに重要かについてさまざまな視点からみてきましたが、実は、腸は私たちの心にも多大な影響を及ぼすことがわかってきました。

今回はこうした視点から「脳腸相関」という概念についてみてまいりましょう。

脳腸相関とは

脳腸相関とは、脳と腸が「自律神経系」「ホルモン系」「サイトカイン(※)」などの情報伝達系を介して、双方向性に影響を及ぼし合っていることを示す言葉です。つまり、腸の状態が私たちの心に影響を及ぼすだけでなく、心が腸の状態に対しても影響するという、双方向性の関係があるのです。

ここからはまず、私たちの心が腸内環境に対してどのような影響を及ぼすかについてみていきましょう。

脳から腸へ:ストレスが腸内環境に及ぼす影響

私たちの心の状態が腸内環境に対して大きな影響を及ぼす事例は、枚挙にいとまがありません。例えば、強いストレスを受けたり、不安を感じたりすると胃腸の調子が悪くなってしまうといった経験は、きっと皆さんにもあるのではないでしょうか。

学術研究においては、すでに1975年に、「NASAの宇宙飛行士の腸内では、いわゆる悪玉菌であるBacteroides fragilisが増加している」という報告があります。宇宙飛行士の方々は、私たちが想像するよりもはるかに過酷なストレスが加わるような環境下で仕事をしていますので、過剰なストレスが腸内細菌叢を変化させてしまうわけです。その後も同様の研究が実施され、一般的にストレスは有害菌を増加させ、有益菌を減少させる方向に作用することがわかっています。ストレスによって生じるアドレナリンが小腸の蠕動運動を抑制することや、アドレナリンが直接的に細菌やそれらの病原性を増すことなどが考えられています。

腸から脳へ:腸内環境が心の状態に及ぼす影響

私たちが何らかのストレス刺激に曝されると、「視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)反応」と呼ばれるストレス応答を起こします。視床下部からはCRH、下垂体からはACTH、副腎からはコルチゾールやアドレナリンというホルモンがそれぞれ分泌され、交感神経の活性化とともに、血圧や心拍数、血糖などが上昇する一連の反応がみられます。

さて、九州大学の須藤信行教授らは、腸内細菌がいない無菌マウスと通常のマウスを用意して、それらのストレス反応性について比較・検討しました。結果、通常マウスに比べ無菌マウスでは、ストレス負荷によるACTHの分泌が有意に亢進していることがわかりました。ACTHが無菌マウスにおいて上昇しているということは、無菌マウスは、腸内フローラを有する通常のマウスに比べ、ストレスに対してより過敏であると考えられます。

さらに須藤教授らは、無菌マウスと通常マウスにおいて、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)と、ノルアドレナリン・セロトニンなどの神経伝達物質の濃度を比較しました。BDNFとは、神経細胞の発生・成長・維持・再生を促進させる働きを持つタンパク質です。その結果、無菌マウスにおいては、海馬や前頭葉でのBDNF濃度、およびセロトニンとノルアドレナリンの濃度が有意に低下していることがわかりました。

ちなみに、うつ病の治療に使われる三環系抗うつ薬は、脳内のBDNFを増やすことや、またセロトニンとノルアドレナリンの濃度を相対的に高めることを介して抗うつ効果を発揮することがわかっていますので、こうした観点からも、この実験結果には納得できるのではないでしょうか。

次に紹介する研究は、かつてNHKでも特集されたことがありますのでご存じの読者もいらっしゃるかも知れません。

カナダのベルチック博士は、高さ5㎝の円筒状の台上にマウスを乗せて、降りるまでの時間を測定するという動物実験を行いました。小さな台でもマウスのサイズからすると飛び降りるのには勇気がいる高さですから、降りるまでの時間が短ければ短いほど好奇心が旺盛で、逆に長ければ長いほど消極的で臆病な傾向にあるということになります。

さてこの実験で、活発なマウスと消極的なマウスにおいて、それぞれの腸内フローラを入れ替えてみたところ、なんと筒から降りるまでの時間が逆転してしまったというのです。

つまり腸内フローラを変えると、性格や行動までもが変わってしまうという一例です。

ヒトにおける研究

以上は動物実験での結果ですが、実際にヒトに対して行われた研究もあります。

国立精神・神経医療研究センターのリサーチでは、うつ病の患者さんと健常者の腸内細菌について、ビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)とラクトバチルス(乳酸菌)の菌数を比較しています。

結果、健常者群と比較し、うつ病患者群においては、ビフィドバクテリウムの菌数が有意に少ないこと、またビフィドバクテリウム、ラクトバチルスともに一定の菌数以下である人が有意に多いことが明らかにされました。

こうしたことから現在では、うつ病や不安障害に有効なプロバイオティクスが、「サイコバイオティクス」として注目されるようになっています。

また、アメリカのUCLAデイヴィッド・ゲフィン医科大学院での研究では、4週間の発酵乳製品とプロバイオティクス摂取により、感情と知覚の中枢神経系の処理を制御する脳領域の活動にプラスの影響をもたらしたことが、磁気共鳴機能画像法(MRI)によって確認されています。

脳腸相関の想定メカニズム

それでは、このような腸内細菌を含めた腸内環境の変化は、一体どのようにして中枢神経系へ影響を及ぼすのでしょうか。アイルランドやカナダなどの研究者による共同研究では、ラクトバチルス・ラムノサスという乳酸菌をマウスに経口投与したところ、ストレスによる不安や抑うつに関連する行動が減少したこと、またこうした減弱効果は、迷走神経を切除したマウスでは認められなかったことが明らかにされました。すなわち、腸内細菌が不安や抑うつを減弱させる効果は、迷走神経を介して作用すると考えられるのです。

また、本連載でもすでに何度か登場した短鎖脂肪酸は、食物繊維が腸内細菌によって代謝されることでつくられますが、主にクロストリジウム属の腸内細菌によってつくられる酪酸という短鎖脂肪酸には、抗うつ作用があることが動物実験で明らかにされています。

さらに、酪酸を投与されたマウスでは、前述したBDNFが海馬や前頭葉において増加することもわかってきました。短鎖脂肪酸については、近年「ミクログリア」との関連も注目を集めています。ミクログリアとは、あたかも脳内における免疫細胞のような働きをする細胞で、通常は突起を多数伸ばして周囲の細胞に異常がないかを監視していますが、神経細胞がダメージを受けたときなどには活性化し、それらを修復したり排除したりしています。ドイツの研究チームによる、無菌マウスと通常マウスのミクログリアを詳細に比較検討した報告では、「無菌マウスのミクログリアは通常マウスと比べ未熟な状態であること、しかし短鎖脂肪酸の投与によりミクログリアが成熟すること」が明らかにされました。

ミクログリアは、認知症や自閉症の病態と密接に関わっていることが知られていますから、前述したプロバイオティクスによるうつ病治療などとともに、臨床応用に期待が寄せられています。

(※)細胞間の情報伝達を担うタンパク質。主に免疫系細胞から分泌され、極微量で生理作用を示す。

 

※本記事は「統合医療でがんに克つ」(株式会社クリピュア刊)にて掲載された松村浩道先生執筆の「折れない心身を育む」より許可を得た上で転載しております。

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