これまで述べてきましたように、私たちの腸内に存在する腸内細菌は、宿主が代謝できない物質を代謝してエネルギーとして利用しているだけでなく、その代謝産物などを介して宿主の生命活動にも大いに寄与しています。腸内細菌叢が適正なバランスを保ち、ヒトと共生している状態を「シンバイオーシス」といいますが、こうした共生関係が崩れた「ディスバイオーシス」の状態が続くと、宿主である私たちに対して悪影響をもたらす、すなわちさまざまな疾患の発症に繋がる可能性があることが指摘されています。
折れない心身を育む~レジリエンス医学入門~
CASE6 ボディのレジリエンスを高める方法~腸内環境(その⑥)
腸内細菌は消化を助けるだけでなく、その代謝産物を通じて全身の健康に深く関わっています。腸内環境のバランスが崩れると、腸のバリア機能が低下し、炎症を引き起こす物質が体内に入り込みやすくなります。この慢性的な炎症は、がんの発症や進行にも関与すると考えられています。
一方で、食物繊維から作られる短鎖脂肪酸などは炎症を抑える働きを持ち、健康維持に役立ちます。さらに、腸内細菌は大腸がんや肝臓がんとも関連し、食事や口腔ケア、生活習慣が腸内環境を通じて病気のリスクに影響を与えることがわかってきています。腸内環境を整えることは、全身の健康を守る重要な鍵といえるでしょう。
全身の臓器が腸内細菌の影響を受ける
例えば、本連載でも何度か登場したSIBO(small intestinal bacterial overgrowth)はディスバイオーシスの典型とも言えますが、さらに腸管の透過性が亢進したLGS(leaky gut syndrome)
の状態になると、通常であれば血管内に入り込めないようなさまざまな物質が入り込んでしまうようになります。すると、腸内細菌由来の物質が「リガンド」、すなわち鍵となり、鍵穴に相当する細胞膜表面の「受容体」に結合することで、サイトカインというタンパク質が産生・分泌されるようになります。サイトカインとは、細胞間の情報のやり取りをする物質の総称で、炎症を誘発するようなサイトカインを炎症性サイトカインと呼びます。ちなみに、細菌やウイルス特有の構造を認識する受容体は、Toll様受容体(Toll-like receptor:TLR)と呼ばれ、ヒトでは10種類のTLRが同定されていますが、一部の腸内細菌は炎症性サイトカインを誘導するTLRリガンドの供給源となることがわかっています。
このように、腸内細菌が全身において炎症を助長する可能性があることが明らかにされつつありますが、発がんプロセスにおいては慢性炎症の持続が、がんの発症に促進的に働くことがわかっています。それとは逆に、腸内細菌が産生する一部の代謝物は炎症を抑制し、がんの発症に抑制的に働くこともわかっているのです。
がんと腸内細菌代謝産物
このように、がんも腸内細菌のアンバランスにより影響を受ける疾患の1つと考えられますが、特にその影響が大きいと言われているのが、大腸がんと肝臓がんです。
ここからは、まず発がんに影響すると考えられている腸内細菌代謝産物についてみてまいりましょう。
先に述べたように、腸内細菌叢のバランスが適正に保たれている状態では、腸内細菌が産生する一部の代謝物が炎症を抑制する方向に機能します。具体的には、腸内細菌が食物繊維を分解して産生する酢酸、酪酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸は、炎症抑制的に作用することがわかっています。特に酪酸は、前回お伝えした脳腸相関でも重要な役割を果たしていますが、炎症抑制の観点からも大切な働きをしているのです。酪酸は制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)という免疫細胞を、複数の経路を介して分化誘導することが明らかにされています。Tregにより産生されるIL-10というサイトカインは、強い炎症抑制作用を発揮することがわかっています。
がんと関連する腸内細菌代謝産物として、胆汁酸も重要です。まず肝臓の酵素によって、コレステロールから一次胆汁酸が産生されますが、一次胆汁酸は腸内細菌のみが持つ酵素によって二次胆汁酸となります。二次胆汁酸は、活性酸素種を発生させDNA損傷を起こすことがわかっています。一部のクロストリジウム属やバクテロイデス属の菌は、二次胆汁酸産生菌として知られています。実は、デオキシコール酸(deoxycholic acid:DCA)などの二次胆汁酸は、大腸がんを促進する可能性があることが古くから指摘されています。
腸内細菌と大腸がん
以前から、大腸がんの患者さんでは、クロストリジウム属やバクテロイデス属などの嫌気性菌が多く存在することが確認されていました。これらの嫌気性菌の一部は、DCAなどの二次胆汁酸を産生するための酵素活性を持っていることが知られており、大腸がんの患者さんでは二次胆汁酸が増えているという報告があります。DCAは細胞の増殖を促進する作用や、活性酸素種の産生を促す作用があることがわかっていますので、これらが大腸がんの発症に促進的に働くと推測されています。
次に、バクテロイデス・フラジリスという菌の一部は、特有の毒素(Bacteroides fragilis Toxin:BFT)を分泌すること、BFTが腸内の免疫細胞(Th17細胞)を刺激することを介して、大腸の炎症やがんを誘発することが動物実験で示されています。
また、ある種の大腸菌は、大腸がんの原因となるコリバクチンという強い毒素を産生することがわかっています。特に慢性炎症が背景にある場合、この毒素を産生する大腸菌が大腸がんを促進することが動物実験で示されています。
さらに、大腸がん患者さんの病変部付近では、歯周病菌として知られるフソバクテリウム・ヌクレアタムが、正常組織よりも多く検出されることがわかりました。これまでの研究では、フソバクテリウム・ヌクレアタムは細胞増殖を促進する作用を持つだけでなく、免疫の抑制にも働くことが示されています。具体的には、がん細胞を直接攻撃する免疫細胞であるNK細胞を抑制し、大腸がんの促進に関与することが示唆されたのです。しかし近年、歯周病の治療により同菌が便中から減少することが明らかにされました。この研究は、正しい口腔ケアが大腸がんの発症や進行に対する予防法となる可能性を示すものとして注目されています。
腸内細菌と肝臓がん
腸内細菌が産生するさまざまな代謝産物や毒素は、まず腸管から吸収されますが、これらの物質は門脈を通じて大部分が肝臓に運ばれ、その後一部は胆汁中に排出されて、再度腸管から吸収される「腸肝循環」という循環に乗ることになります。それにより、肝臓は長期間にわたって腸内細菌代謝産物の影響を受けることになるわけです。
先述した二次胆汁酸であるDCAは、大腸がんだけでなく肝臓がんも促進することが動物実験において示されています。特に、高脂肪食を摂取させるとDCAが増え、肝臓がん発症のリスクが増加することがわかっています。ヒトにおいても、高脂肪食を好んで摂取する方の便中にはDCAが多く、肥満における肝臓がんリスクの増加にはDCAが関与している可能性が高いといわれています。クロストリジウム属の一部の菌はDCAを産生しますが、バンコマイシンという抗生物質でこの菌を死滅させるとDCAが減少し、さらに肝臓がんの発生リスクも低下したという報告があります。
肝臓がんと関連している腸内細菌の1つに、アッカーマンシア菌という善玉菌があります。アッカーマンシア菌は、健康な人では腸内細菌の3〜5%を占めると言われますが、肥満や糖尿病などでは減少することがわかっています。このアッカーマンシア菌を増やしてあげると、腸管バリア機能が安定化し炎症が抑制されることや、耐糖能異常が改善することなどが確認されています。
糖尿病は肝臓がんの発症リスクを高めますが、メトホルミンという糖尿病治療薬を服用している患者さんは、他の糖尿病の薬を使用している方と比べて肝臓がんの発症リスクが低いこともわかっています。以前より、メトホルミンにはがんの予防効果があるのではないかと言われていましたが、近年になりメトホルミンはアッカーマンシア菌を増やす働きがあることが確認されました。つまり、同薬による抗腫瘍効果は、アッカーマンシア菌を介して、すなわち腸内細菌叢に働きかけることで発揮されている可能性があるのです。
※本記事は「統合医療でがんに克つ」(株式会社クリピュア刊)にて掲載された松村浩道先生執筆の「折れない心身を育む」より許可を得た上で転載しております。
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